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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)5590号 判決

原告

田口又右衛門

ほか一名

被告

杉田喜与春

ほか二名

主文

1  被告杉田喜与春、同杉田十喜雄は各自、原告らに対し原告らそれぞれ六七〇万円及びこれに対する昭和四七年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告東京海上火災保険株式会社は原告らに対しそれぞれ五〇〇万円及びこれに対する昭和四七年七月五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告らのその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、その四分の一を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

5  この判決の主文第1、第2、第4項は仮執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

原告ら「被告杉田喜与春、同杉田十喜雄は各自原告らそれぞれに対し、一〇四〇万円及びうち九六三万円に対する昭和四七年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。被告東京海上火災保険株式会社は原告らそれぞれに対し五〇〇万円及びこれに対する昭和四七年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決と仮執行宣言

被告ら「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。原告ら勝訴の場合、担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二原告らの主張(請求の原因と被告ら主張に対する反論)

一  事故と責任

(一)  (事故の発生)昭和四六年七月二七日午前二時ごろ、愛知県豊橋市豊清町字籠田三六番地先国道一号線において、被告喜与春運転の乗用自動車(三河五五さ一五一九以下杉田車という)と大迫実運転のトラツク(大阪一一あ三一二、以下大迫車という)が接触し、杉田車同乗の田口泰康が即死した。

(二)  (自動車の使用)被告十喜雄は、杉田車を所有し、大学生である自分の子被告喜与春に運転を許していた。このため、被告十喜雄には自賠法三条による責任がある。

(三)  (怠り)事故は東西に走る一〇米幅の道路において起きた。道路中央にはセンターラインと追越禁止を示す黄色のペイントが施してあつた。

衝突は、西進の杉田車と東進の大迫車の、対向車の関係で発生した。衝突地点は大迫車の通行区分に属していた。

杉田車は、前方約一〇米を時速約四〇粁で西進するトラツクに追従して走つていた。先行車の速度を遅く感じ、突然、時速約五〇粁に加速して追越しに入り、センターラインを越えていつた。そして、先行車の陰から出たとたん、大迫車の前照灯の光線が目に入り、危険を感じて左へハンドルを切つたものの、避け切れずに衝突した。

杉田車には、交通規制に従つて追越しを避けるべき注意義務があつた。追越しを行なうにしても、対向車の状況を確認すべき注意義務があつた。このため杉田車の運転者被告喜与春には、民法七〇九条による一般的な責任がある。

二  損害

(一)  (事故まで)原告又右衛門は大正一三年、原告緑子は昭和二年、それぞれ出生し、昭和二二年に婚姻した。二人の間には、事故で死亡した泰康が昭和二五年一二月二三日第一子の男性として、香子が昭和二九年第二子の女性として誕生した。事故の発生した昭和四六年七月二七日当時、死亡者本人からいつて、父の原告又右衛門は四七歳、母の原告緑子は四四歳、本人の泰康は二〇歳、それに妹の香子は一七歳であつた。

死亡者本人の泰康は、順調に進学し、昭和四五年四月には、神奈川県相模原市にある麻布獣医科大学に入学し、事故当時は二学年の中途であつた。

(二)  (死亡者本人の収入損、一、八九六万円)

1 「就学、就労期間」泰康は、事故がなければ、事故発生の翌日昭和四六年七月二八日から昭和四九年三月三一日までの約二年と九カ月を、麻布獣医科大学の二学年の中途から四学年に学んで卒業するはずであつた。そして、昭和四九年四月一日の二三歳から六三歳に達する直前の昭和八八年三月三一日まで三九年は、獣医として就労して行くはずであつた。

2 「原状収入」 獣医就労中のあるはずであつた原状収入は、昭和四九年度以降の将来の期間に属し、現実のものになつている過去の賃金事情中最新のものである昭和四七年度の賃金事情によつて予測し、最も真実に迫るようにする。そうすると、泰康の原状収入は、別表のとおり、昭和四七年度の労働省賃金構造基本統計調査、いわゆる賃金センサスによる全企業規模の男子労働者大学卒業者の収入をくだるようなことはない。

3 「生活費」 この間、税金等も含めた生活費がかかるはずであつた。就学中は、一カ月平均にし、大学二年において三万五、〇〇〇円、大学三年と四年において四万円を越えることはない。そして、就労中は、収入に対し、一年目において七割、二年目において六割、三年目以降において五割を越えることはない。

4 「損益相殺」 泰康は死亡により、あるはずであつた原状収入を失なつた。生活費は損益相殺をしなければならない。そうすると、別表のとおり、就学中は生活費、就労中は収入損の残りとなる。

5 「現価」 損益相殺残額については、年度の残額が当該年度の末日に発生するものとして、各年度の残額ごとに、昭和四七年三月三一日を基準日とし、基準日の翌日から残額発生日までの民法所定にかかる年五分の割合による中間利息をホフマン式の計算によつて控除し、それぞれ一時払額を算出する。

そうすると、別表のとおり、各年度相殺残額一時払額の合計は、収入損の方が多く、一、八九六万円をくだらない(配分のため偶数値まで減額した)。

6 「中間利息の控除」 ライプニツツ方式による中間利息控除は適切でない。すなわち、同方式は被害者が賠償金を入手したあと、金融機関に預金し、将来において複利計算による元利金を利用することを予定するものである。ところで、戦後二十数年にわたり、毎年例外なく物価上昇は続き、それも年五分前後となつている。この事実から将来二~三分を下らない物価上昇は当然半永久的なものと予想される。この場合、将来の元利合計をもつてしても、計算上予想される購買力はないわけで、結局中間利息の控除は実現不可能な果実を控除することになり、ライプニツツ方式による控除は極めて不適切である。

(三)  (死亡者本人の慰謝料、二〇〇万円)泰康が収入生活以外の一般生活における生存の幸福を失なつた事実に対しては、慰謝料二〇〇万円をくだることができない。

(四)  (死亡者本人の損害額について配分、各一〇四八万円)泰康の損害額以上二、〇九六万円は、相続と同じ順位割合を使用し、父母である原告らに二分の一あて配分すべきものである。一人当たりは一、〇四八万円になる。

最高裁大法廷昭和四二年一一月一日判決にいうように、相続の構成による場合は、泰康の損害額に対応する損害賠償請求権を父母である原告らが二分の一あて相続したことを主張する。

(五)  (原告らの慰謝料、各一五〇万円)原告らがこれから先の生涯を泰康が生存しない寂しい毎日で明け暮れて行く苦痛に対し、慰謝料各一五〇万円をくだることができない。

(六)  (葬儀費用、各一五万円)原告らは昭和四六年八月までに、泰康の葬儀のため、各一五万円(合計三〇万円)を超える支出を行なつた。

(七)  (弁済受領、各二五〇万円)原告らは強制保険から五〇〇万円を二分の一(一人当たり二五〇万円)あて受領し、列挙の損害順に充当した。

(八)  (弁護士費用 各七七万円)原告らは昭和四七年六月二九日、東京弁護士会会員弁護士坂根徳博に、以上、各九六三万円の損害賠償請求権につき、被告らを相手方にして訴を起こすことを委任し、同会弁護士報酬規定にもとづいた報酬を支払うと約した。このため、主張額が全額認容される場合は一審判決言渡日までには、各七七万円(二名の合計一五四万円)を超える弁護士報酬支払債務を負担する。

三  被告杉田両名に対する請求(各一、〇四〇万円)

原告らは、被告喜与春と被告十喜雄に対し、以上各一、〇四〇万円の支払を求める。うち弁護士費用を除いた各九六三万円に対しては、事故後であり、損害の発生や一時払額基準日の後である昭和四七年四月一日から完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  被告会社に対する請求(各五〇〇万円)

原告らは、民法四二三条一項にもとづき、任意保険金請求権を債権者として代位行使する。

(一)  (任意保険契約の成立等) 被告会社は、杉田車につき、被告十喜雄を記名被保険者とし、当件事故発生日を保険期間内とする対人賠償、保険金額一、〇〇〇万円の任意保険を契約した。そして、保険料を受領した。

(二)  (借用被保険者) 被告喜与春は、所有者であり父である記名被保険者被告十喜雄の承諾を得て乗用車を使用していた。このため、約款二章一条三項にもとづき、被告喜与春も被保険者となる。

(三)  (本体的代位、各五〇〇万円) 被告喜与春、同十喜雄が無資力であり、原告らは債権者として記名あるいは借用の被保険者である右被告両名の保険金請求権を代位行使する。損害賠償額が保険金額一、〇〇〇万円を超えるため、保険金額の二分の一あて、原告ら各五〇〇万円を本体的に代位する。

(四)  被告会社は被告喜与春、同十喜雄の債権者である原告らに対し、保険金一〇〇〇万円(原告ら各五〇〇万円)の支払義務を負うところ、保険金支払義務は、被保険者に損害賠償債務が発生したこと(判決等によつて確定したことではない。)を期限とする不確定期限付債務である。しかし、被保険者の賠償義務との関係において、可及的に、その最終負担分を残さない趣旨から、民法四一二条二項にかかわらず、被告保険会社において右債務の発生を知ることを要せず、履行遅滞となり、かつ右遅延損害金については保険金額の制約を受けない。

(五)  よつて、原告らは被告会社に対し、右保険金及びこれに対する被告喜与春、同十喜雄が損害賠償金に対し遅延損害金を支払うべき始期である昭和四七年四月一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

五  好意同乗を理由とする減額の主張は理由がない。すなわち、

杉田車の運転は、被告喜与春のみが担当し、そのリーダー的地位から同乗した被害者等には運転者に対する監督、指揮命令権がなかつた。

事故発生は同被告が黄色ペイントで追越禁止場所であることが示されていたにも拘らず、急に追越しのため、対向車の有無を確認しないで、敢えて中央線を越えたことによるもので、未必の故意にも近い暴走の結果である。同乗の被害者には、事故の発生につき何ら怠りはない。

危険の受忍を理由に賠償が減額されるのは、酒酔い運転車に同乗するなど、被害者が危険の可能性の大きいことを予見できる場合に限られる。自動車に乗ることは常に危険を伴うものではない。本件においては加害者は運転免許をもち、酒酔いでなかつた。そのほか危険の可能性の大きいこと、すくなくとも前記のような未必の故意に近い暴走の危険性を予見できる事情はなかつた。

有償無償の別は、運転者、同乗者の安全運転の保障、信頼関係にかかわりないので、賠償義務に差はない。

友人関係は、損害賠償において(+)と(-)の両面に働らき、結局一般の処理どおりの扱いが正しいこととなる。すなわち、加害者は、ほかならぬ友人に迷惑をかけたのであるからと、一般の場合よりも多額の賠償をすべきものと考え、他方被害者は、ほかならぬ友人が支払うのであるからと、一般の場合よりも少額の賠償でよいと考える。それを反対に、加害者が一般より低い額を、被害者が一般より多い額を主張したのでは、納得に至らない。友人関係が働くのは、法律以外の自発的行動の場合に限られる。

保険金については、友人関係の働く余地がない。

第三被告らの主張(答弁と反対主張等)

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二(一)の事実のうち、原告らが亡泰康の父母であること及び亡泰康が事故当時二〇才で麻布獣医科大学二年生であつたことは認めるが、その余は不知

同(二)1、3、4の事実は認める。逸失利益は初任給を基礎にして算出すべきである。原告ら主張の算出方法によると、未就職者の逸失利益が有職者のそれを上廻るとか、男女の未就職者の逸失利益の差が極めて大きくなるという実情にそぐわない結果を招く。このことは右算出方法が不適切であることを裏書している。各名目収入額から、これに対して課税が見込まれる所得税、地方税を控除した金額を算出の基礎とすべきである。将来三九年間にもわたる本事案について中間利息控除の方法として適切妥当なのはライプニツツ方式である。

同(三)、(四)について、死亡者本人の慰藉料及びその相続を認めることは論理的に難点があり、現在適切ではない。

同(四)の事実中、原告らが亡泰康の損害につき各二分の一を相続する地位にあることは認める。

同(五)の事実は認める。

同(六)の事実は不知。葬儀費用中、二〇万円を超える部分は事故と相当因果関係がない。

同(七)の事実は認める。

同(八)の事実は認める。但し、賠償額としての相当性は争う。

同(四)の(一)、(二)の事実は認める。

同(三)のうち、被告喜与春、同十喜雄が無資力であることは認める。

同(四)について、保険金支払債務は、次のとおり履行期が定められているので、原告らの遅延損害金の請求はその起算日において失当である。

本件保険契約は、自動車保険普通約款第二章及び第三章を内容とし、被保険者たる被告杉田喜与春、同十喜雄が事故により「法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害」を保険者たる被告会社が填補することを目的とする対人賠償責任保険契約であるが、その性質上保険金請求権は被保険者と被害者である原告らとの間で損害賠償額が確定してはじめて発生するものと考えられる。仮に事故発生と同時に発生するとしても、その履行期は被保険者と被害者との間で損害賠償義務が確定した後、被保険者が約款第三章一四条に定める書類等を被告会社に提出し、被告会社がこれを受領してから三〇日後に履行期が到来するものである(約款第三章一五条)。

四  原告らの被告会社に対する本件代位請求訴訟は、将来の給付の訴であるが、被告会社において将来原告らと被告喜与春、同十喜雄との間で損害賠償額が確定した後、任意に支払をしないという事情は全く存在しないから、必要性の要件を欠くものというべきであり、不適法である。

五  好意同乗による減額

本件事故は、被告喜与春が学友である亡泰康外三名と共に夏休みを利用して相模原市から京都へドライブに行く途中発生したものである。

その運行目的、運行態様からして亡泰康ら同乗者と被告喜与春とは当時一種の運命共同体をなしていたのみならず、相互に親しい人間関係が存在していたから、仮に同被告の過失により同乗者らが死傷しても、これを車外の第三者と同様に取扱うことは信義則上適切とは言い得ない。

従つて、本件事故による原告らの総損害につき少くとも三〇%の減額がされるべきである。

第四証拠〔略〕

理由

第一被告喜与春、同十喜雄の損害賠償義務と右被告両名に対する請求

一  事故と責任

請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

よつて、被告喜与春は加害者として民法七〇九条により、被告十喜雄は杉田車の運行供用者として自賠法三条により、各自泰康の死亡により生じた損害を賠償すべき義務がある。

二  損害額とその帰属、弁済

(一)  逸失利益

泰康が事故当時二〇才で、麻布獣医科大学二学年在学中であつたこと及び請求原因二(二)の1、3の事実は当事者間に争いがない。〔証拠略〕によれば、泰康は事故まで健康で、右大学においても優れた成績であつたことを認めることができる。

以上の事実によると、泰康の逸失利益を算出するにつき、泰康が事故にあわなければ、前述の期間それぞれ原告ら主張の金額(別表〈8〉、但し二五才~二九才の分は、誤算につき一二八万一〇〇〇円と改める)を下ることのない収入を得たものとするのが相当である。

被告らは、逸失利益は初任給の基礎として算出すべきであると主張するけれども、右主張は理由がない。(原告ら主張の算出方法により被告らが指摘するような不均衡な結果を招くとしても、このことは、有職者等についての逸失利益の算出が控え目に失していること、ことに未就労女子につき将来の収入の見込みについて労働者賃金構造基本統計調査における女子の平均数値をそのまま用いるなどの誤りの結果であつて、原告ら主張の算出方法を難ずる理由とならない。)

被告らは、また逸失利益算定の基礎は、予想収入額からこれに相応する所得税、地方税を控除した金額によるべきものと主張するが、右税額相当額を生活費と一括して控除する算出方法も妥当を欠くとはいえない。

右に述べた毎年の収入と生活費支出を基礎とし、当初二年余の支出及び爾後期間の損益相殺後の収入残額は、概算それぞれ別表11のとおり(但し、二五才~二九才の分は誤算につき五一万二〇〇〇円と改める)とみることができる。

以上の金額を基礎として、逸失利益の昭和四七年三月末日の現在価を概算すると、一三四五万円となる。この計算は、前掲収入及び支出が毎月平均し、かつ、毎月末に生ずるものとし、昭和四七年四月一日以降本判決言渡の日までの間は単利で、その後の期間については一年ごとに利息を元金に繰入れる複利で、年五分の割合による中間利息を控除してしたものである。

原告らは、右計算方法、ことに複利(ライプニツツ方式)による中間利息の控除を論難するのであるが、逸失利益の財産上の価値を抽象的にとらえる(民法四一九条二項参照)限りにおいては、将来の逸失利益に限つていえば、右複利計算方式は経済の実態にも合致しないわけではないし、また民法四一九条一項本文、四〇四条、四〇五条に照らし、その予定する限度を超える利息の控除をするものではない。この結論は貨幣価値の変動の有無にかかわりのないことである。しかし、将来に及ぶ労働能力が現在の金銭に化体することは、貨幣価値が低落し、あるいは維持されることの保障をみない現在にあつては、利殖能力やそれを満たす条件に恵まれない者にとつて、軽視することのできない経済的損失あるいは不安をもたらすことは否定できない。この事実は、被害者側の個別的事情に応じ、慰藉料の算定に当たり重視すべき事情を成すものというべきである。

原告らが亡泰康の父母であつて、同人に生じた損害につき、各二分の一を相続すべき地位にあることは、当事者間に争がない。原告らは右相続分に従い、右逸失利益の二分の一にあたる六七二万五〇〇〇円ずつを取得したものということができる。

(二)  慰藉料

前記諸事情を考慮すれば、泰康が生存の幸福を失つた事実に対して、その父母において受けるべき慰藉料及び父母として泰康を失つた苦痛に対する慰藉料の額は、原告らそれぞれ二五〇万円を下らないものということができる。

(三)  葬儀費用

原本の存在、〔証拠略〕によれば、原告らは泰康の葬儀を行い、そのため、合計三〇万円(それぞれ一五万円)を下らない支出を要したことが認められ、本件事故と相当因果関係のある損害としてはうち合計三〇万円(原告ら各一五万円)を下らないものということができる。

(四)  弁済充当

請求原因二(七)の事実は当事者間に争いがない。

(五)  弁護士費用

請求原因二(八)の事実は当事者間に争がなく、〔証拠略〕によれば、原告らは同弁護士に対し東京弁護士会弁護士報酬規定にしたがい、第一審判決言渡しの日に手数料及び謝金(認容額が一〇〇〇万円を超え、五〇〇〇万円以下の場合は、それぞれその六分ないし一割)を支払うことを約したことが認められる。これに基く債務のうち、本件訴訟の経緯等に鑑み、原告らそれぞれ五五万円に限つて本件事故と相当因果関係のある損害とみるのが相当である。

三  好意同乗について

〔証拠略〕によれば、被告喜与春と泰康は、事故当時、いずれも相模原市所在の前記大学の二年で親しい間柄にあつたが、ほか数名とともに夏休みを利用して京都方面にドライブすることとしたこと、被告喜与春はその計画の下に、父である被告十喜雄から杉田車を借受け、肩書住所地から同大学近くまで持つて来ていたこと、そして、被告喜与春は事故の前日夕方自ら同車を運転し、泰康を含む同大学の同級生四名を同乗させて、まず東名大井松田インターチエンジ附近で同被告自身の用務を済ませたうえ、同日午後八時三〇分頃同車に再び右四名を同乗させて同所を出発し、終始自ら運転し、主として国道一号線を進行して京都方面に向う途中本件事故を起したこと、右計画の立案実行は、以上の者の相談のもとにされたが、被告喜与春は杉田車を借受け、かつ自ら運転するものとして主導的地位にあつたことは否定できないことを認めることができる。

そして、事故発生の状況については、請求原因一の(三)の事実は当事者間に争のないところであつて、泰康においてこのような危険を予想できたものと認めるに足る証拠はないし、泰康が杉田車に同乗したことに、なんらかの落度があつたというべき事情は見出せない。

被告らは本件事故による損害の賠償につき好意同乗を理由とする減額を主張するのであるが、以上の事実関係に基いて考えると、亡泰康が杉田車の事故当時の運行につき運行供用者またはこれに準ずる地位にあつたとは到底いえないし、また泰康に過失相殺ないし危険の受忍を理由とする斟酌事由があるとはいえない。(現在においては、広く一般に安全迅速な交通手段が提供されることは不可欠な社会的要請であつて、自動車等の利用者は、その有償無償を問わず、その安全が保障され、事故による死傷の被害については原則として十分な賠償が与えられるべきものとするのが自賠法の趣旨である。そして、これに基く加害者側の重大な責任負担は自賠責保険を含む保険制度によつて填補される。この意味において好意同乗を理由とする損害賠償の減額は、他の法理をも適用し得るような事例はともかく、慎重にされなければならない。)以上の意味において、被告らの減額の主張は次の限度におけるほか採用すべき限りでない。

けれども、被害者泰康と加害者である被告喜与春は事故に至るまで親友であり、仮に、泰康が事故後なお生存しているものとした場合、この友人関係が破壊されたものと考えられるような事情は見出すことができない。原告らと被告喜与春、同十喜雄との間も同様に考えて差支えない。

この場合において、原告らとして、被告喜与春、同十喜雄に対する損害賠償請求権の訴求、行使は、いくぶんの制約を受けるものと解するのが相当である。本件にあつては、既に述べた事故に至る運行の目的、事故発生の状況、保険関係(任意保険につき後述)その他の諸事情を考慮して原告らは被告両名に対し、損害未填補額合計一三四〇万円(原告それぞれ六七〇万円)を超える分はその行使を許さないものと認める。(行使の制限の範囲は原則として慰藉料分―財産上の損害の肩替りとしての性格をもつ分を除く―に限られなければならない。)

四  結び

以上のとおりであるから、被告喜与春、同十喜雄が各自原告らに対して負う損害賠償未填補額は弁護士費用を含めて計一四八五万円(原告各七四二万五〇〇〇円)であるが、そのうち弁護士費用金額を含む計一四五万円(原告各七二万五〇〇〇円)は訴訟上の請求を許さないものである。

すなわち、原告らは、被告喜与春、同十喜雄の各自に対し本件事故による損害賠償として原告らそれぞれ六七〇万円(弁護士費用を含まない)の支払を訴訟上求めることができ、かつ、これに対する事故発生の後であり、かつ、損害額計算の基準日以降である昭和四七年四月一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるものである。

第二被告会社に対する請求

一  請求の適否について

被告喜与春、同十喜雄が各自本件事故により原告らに対し前記第一のとおり原告らそれぞれ五〇〇万円を下らない損害賠償義務を負うところ、右被告両名が原告らに対し右義務を履行する資力に欠けることは当事者間に争がなく、右被告両名において被告会社に対し原告ら主張の保険金の請求権を行使したと認めるに足る証拠はない。

してみると、原告らは右損害賠償請求権保全のため民法四二三条により、被告喜与春、同十喜雄に代位して被告会社に対し原告ら主張の保険金支払を請求し得る地位にあるといわなければならない。(被告会社は訴の利益につき抗争するが、債権者代位権が行使される場合において、債権者と第三の債務者との間で給付義務の存否範囲が確定されることは必要である。)

二  保険金請求について

請求原因四の(一)、(二)の事実は当事者間に争いがなく、右契約が自動車保険普通約款第二章及び第三章を内容とし、被告喜与春、同十喜雄が事故により「法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害」を保険者である被告会社が填補することを目的とする対人賠償責任保険契約であることは被告会社の自認するところである。

そして、被告会社は右契約の性質上、保険金請求権は、被保険者と被害者である原告らとの間で損害賠償額が確定してはじめて発生するものと主張するのであるが、そのように解すべき根拠はこれを見出し得ず、事故の発生により被保険者において損害賠償責任を負担し、これとともに保険金請求権が発生するものといわなければならない。しかし、その履行期については、被保険者に被害者に対する賠償義務が発生したことにより、保険者が当然遅滞の責に任ずるわけでなく、例えば被告会社が履行の請求を受けたときなど民法四一二条等により、保険者である被告会社自体に履行遅滞の事由が生じたときに到来するものである。約款第三章一五条に被告会社主張のような定めのあることは弁論の全趣旨から明らかであるが、この定めは被告会社における事務処理の準則に過ぎず、法律上の権利義務を明らかにしたものと解することはできない。(被保険者の履行遅滞は、当然には保険者の履行遅滞を発生させない。むしろ、本来の損害賠償義務とその履行遅滞による損害金はともに保険者によつて填補される対象であつて、この合計額が保険限度の制約を受けるものと解するのが相当であり、右保険金に対し保険者固有の事由による遅延損害金があれば、これに附加されるものといわなければならない。)

被告喜与春、同十喜雄が本件事故により原告らに対し各五〇〇万円を下らない損害賠償義務を負うことは既に述べたところで、被告会社は右被告両名に対し前記保険契約に基きこれを填補すべき義務がある。その履行期については、本件訴状送達の日より以前に被告会社に対する請求がされたと認めるに足る証拠はないので、被告会社は、右送達時から遅滞の責に任ずるものというべきである。

三  結び

よつて、原告らは被告会社に対し原告らそれぞれ保険金五〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四七年七月五日以降支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

第三結論

原告らの被告らに対する本訴請求は、それぞれ右第一の四、第二の三に述べた限度において理由があるので認容し、その余は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用し、仮執行免脱宣言は相当でないのでこれをしないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 高山晨)

別表田口泰康(たぐちひろやす)の収入損

〈省略〉

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